東日本大震災 2011.03.28 宮古市の重茂・田老

 3月28日、宮古市の重茂・田老へ入りました。本州最東端に位置する重茂は外洋に面した入り組んだ地形もあり、津波の力も大きくなったようです。ことにも千鶏地区は海面からは30m~50mは高いと思われる小学校のあたりまで津波が上がっておりました。
これも中に入るほど狭くなる地形の影響と思います。現実を見た今でも、まさかそこまで津波がくるとは信じられません。千鶏で多くの方々が犠牲になられたのもそのようなことによるものと思います。
重茂の音部漁港は見る影もなくなってしまいました。私も漁港整備に携わり20年経過しましたが、音部漁港と漁場がほぼ完成していただけに残念な思いでなりません。
田老は明治29年、昭和8年の大津波で文字通り壊滅した地域です。それだけに住人の方々の津波に対する防災意識は他地域に比べても大変高いところでもありました。
ハード面では町を二重に防御する防波堤が整備され、明治29年レベルの津波であれば何とか被害を最小限にくい止める体制はとれていたはずです。その田老の 中心部が全く何もなくなってしまいました。今回の大津波が予想をはるかに上回る、想像を絶する大きさであったということに茫然とする思いです。

2011.3.29

重茂半島(千鶏・音部) 3月28日写真

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宮古市田老 3月28日写真

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