俊ちゃんNEWS

12月21日 宮古市民文化会館復旧記念事業「市民による舞台芸術発表」

 12月21日(日)東日本大震災で被災し休館をしておりました宮古市民文化会館の工事が完了し、復旧記念事業が開催されました。
 被災から3年9ヶ月、市民皆様の文化活動の拠点として愛され親しまれておりました宮古市民文化会館のオープンは、復興への希望のシンボルであり、また、地域の芸術文化活動の新たなスタートでもあります。
 復興は安心安全なインフラ整備などのハード面の整備は勿論の事、地域コミュニティーや伝統文化、芸術文化活動などのソフト面の充実も図っていかなければなりません。
 本日、舞台上で素晴らしい合唱や演奏、郷土芸能をご披露頂きました市民皆様のイキイキとした表情を拝見し、地域の文化は地域で産み育まれる「地産地育」が理想であるという思いを新たに致しました。
 本日、リニューアルオープンした宮古市民文化会館が、市民皆様の芸術文化活動の拠点として宮古市の芸術文化の発展に大いに寄与されますことを心からご期待申し上げます。
2014.12.21
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10月18日 第50回岩手県沿岸ホルスタイン共進会

 10月18日、旧下閉伊北部家畜市場(岩泉町)において「第50回沿岸ホルスタイン共進会」が開催され、私も出席を致しました。
国内で生産、宮古下閉伊管内で3カ月以上飼養されたホルスタイン種が出品される本共進会は、今年で50回という節目を迎えた歴史ある共進会です。50年前と言えば、日本の復興と成長を世界に発信した東京オリンピックが開催された年で、半世紀に亘り品種改良につとめられたご関係皆様のご努力にあらためて心から敬意と謝意を表します。

近年、この地域では乳製品の生産販売に力を注ぎ、豊かな自然の恵みが詰め込まれたヨーグルトなどの乳製品は良質で美味しいと消費者の評価も高く、今後のニーズの拡大が期待されています。

今、酪農を取り巻く環境は飼料の高騰、後継者育成、TPPを始めとする経済連携協定の帰趨等課題山積ですが、歴史ある宮古下閉伊の酪農を守り育てるため、私も生産者の皆様と共に全力を尽くして参ります

2014.10.18

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8月31日 三陸沿岸道路専用「公共プラント」稼働式

  8月31日、宮古市田老で三陸沿岸道路専用「公共プラント」稼働式が行われ、私も出席致しました。

 東日本大震災から3年9ヶ月が経過し、被災地の復興は多くの方々のご尽力により、着実に前進をして参りました。しかし、資材や人手の確保が思うようにならず大きな課題となっていましたが、同プラントの竣工により、道路以外の工事に供給する生コンの確保が大幅に得られることとなり、復興の一層の加速が図られることになりました。

 また、田老地区の児童に公募し選ばれた同プラントの愛称とPRボードの図案は、愛称が「未来の笑顔プラント」、PRボードは田老の特産品と人々が笑顔で手をつなぐ絵に決定し、その披露も行われました。応募した児童の多くが、明るい未来と笑顔や幸福を願う作品を創作したという話を伺い、未来を担う子供たちの夢と希望を叶えることが出来る社会の実現に向け、政治家としての強い責任を痛感した一日となりました。

2014.8.31

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8月25日 平成26年市町村重点要望調査

 自民党岩手県連の恒例の事業である市町村重点要望調査が8月25日から実施されました。
この調査は岩手県下の全市町村に出向いて主だった要望事項をお伺いし、その実現を図ることを目的としています。
 初日は私の選挙区である岩手町・八幡平市・滝沢市・雫石町を含む7市町村で行われました。
各市町村からは今年も厳しい自主財源の中で、多様化する住民ニーズに対応するための切実な要望が寄せられました。
 寄せられた重点要望事項については、その実現につき、自民党岩手県連として全力で対応して参ります。

2014.8.25

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8月24日 宮古盛岡横断道路平津戸松草・区界道路起工式

 8月24日、復興支援道路として整備が進められている国道106号線の区界峠に係る改良工事の起工式が行われました。
 国道106号線は県都盛岡市と宮古市を結ぶ主要な道路で、これまで地域高規格道路として整備が進められてきました。
 民主党政権下では費用対効果の観点から、一時整備が凍結されたこともありましたが、東日本大震災発生時には被災地に対する人命救助や救護物資の搬入に重要な役割を果たしました。
 国の災害復旧計画で国道106号線は復興支援道路として位置づけられて整備が加速され、先に簗川道路が供用されましたが、それに連結する平津戸松草・区界道路が整備されれば、盛岡・宮古間の所用時間及び安全性はかなり向上されることとなります。
 今後、国道106号線が真に災害時に復興支援道路としての役割を果たすことが出来るよう、早期の全線整備が進むよう努力して参ります。

2014.8.24

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8月21日 平成26年度漁港検診

 私が会長をつとめる(一社)岩手県漁港漁村協会の重要事業である漁港検診が8月19日から2泊3日の日程で(別記)実施されました。
 漁港検診は岩手県漁港協会が設立された当初から60年を超えて毎年行われています。その目的は県下の主だった漁港に足を運び、日々、その漁港を利用している漁業者を始めとする関係者から意見を聴取して、可能なものを時々の漁港整備計画に盛り込んで、安全で利用しやすい漁港づくりを漁業者と一体となって進めることにあります。
 60年を超える先達の努力の積み重ねによって、岩手県は全国でも漁港整備の先進県としての評価を得るまでになりましたが、3年5ケ月前の東日本大震災によってほとんどの漁港が壊滅的な被害を受けてしまいました。
 現在の復旧の進捗率は、未だ漁港が6割、防潮堤が2割という滞った状況ですが、岩手県が定めたロードマップのとおり漁港については27年度中、防潮堤については28年度中に復旧工事が完了出来るよう、当協会としても全力を尽くして参ります。

2014.8.21

・漁港検診日程
<8月19日>
種市漁港(洋野町)、横沼漁港・小袖漁港・久喜漁港(久慈市)、野田漁港(野田村)、太田名部漁港(普代村)、島の越漁港(田野畑村)

<8月20日>
小本漁港(岩泉町)、田老漁港・宮古魚市場・音部漁港(宮古市)、山田漁港・船越漁港(山田町)、大槌漁港(大槌町)

<8月21日>
釜石漁港・箱崎漁港(釜石市)、根白漁港・大船渡漁港(大船渡市)、広田漁港(陸前高田市)

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北山崎観光船就航式・発着施設落成式

 7月21日、田野畑村島越漁港で北山崎断崖クルーズ観光船「SUN RIKU GO」就航式と発着施設落成式が行われ、私も出席を致しました。  

北山崎は雄大なリアス式海岸の景観を楽しむことが出来る人気の観光スポットで、東日本大震災で被害を受けた観光船発着所と観光船運行の再開が待ち望まれていました。

新しい観光船は、東日本大震災後、私の郷里山田町に復興支援で誘致した造船会社「ティーエフシー」が造船。三陸の海に適した漁船製造から観光船まで、沿岸地域の水産業から観光業に至るまで幅広い復興支援を頂くことになりました。

震災から3年4ヵ月、今春には三陸鉄道が全線で運転を再開するなど被災地の復興と新たなふるさとづくりに向け、徐々にではありますが希望の光が降り注いで来ております。

本日就航した北山崎断崖クルーズ観光船「SUN RIKU GO」が、三陸沿岸地域の振興発展に大いに寄与されますことを心からご期待申し上げます。

2014.7.21
 
 
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7月14日 岩泉町小本津波防災避難施設起工式

 7月14日、岩泉町小本津波防災避難施設起工式に出席を致しました。
本州一広い面積を有する町である岩泉町の中で、小本地域は唯一海に面している地域であり、東日本大震災の津波により大きな被害を受けました。
 町では、震災後、復旧復興に迅速に取り組み、被災者の生活再建、防災体制強化、産業経済の再生に向け懸命な努力を尽くして来られましたが、今回の津波防災避難施設の着工をもって全ての事業の起工式が終了いたしました。
 東日本大震災から我々は多くのことを教訓として学びましたが、その第一は津波が来襲した時にはとにかく、安全な所へ避難をし、命を守るということでした。
 小本地区において、いざという時の安全な避難施設が整備され、住民が安心して生活出来るよう、一日も早い完成を期待いたします。

2014.7.14

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5月24日 「震災メモリアルパーク中の浜」開園式

 三陸復興国立公園「震災メモリアルパーク中の浜」の開園式に出席致しました。
 この公園の場所はもともと海岸部に隣接する豊かな自然に囲まれたキャンプ場でしたが、東日本大震災で15mを超える津波に襲われ、施設や自然環境が大きな被害を受けました。
 「震災メモリアルパーク中の浜」は環境省が自然の脅威や震災の記憶を後世に伝える震災遺構公園として整備を進めてきたもので、五つの「震災遺構」をもつ被災地で最初に開園する公園です。
 東日本大震災から3年余が経過し、復興の進展と共に、ともすれば人の記憶が薄らいでいくことは否めないことであるかもしれません。しかし、明治、昭和の津波の教訓が私たちに語り継がれてきたように、目に見える教訓として後世に伝えていくことも私たちの大切な使命であると思います。

2014.5.24

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4月27日 安倍晋三首相の東日本大震災被災地視察に同行致しました

 4月27日(日)、安倍晋三首相が東日本大震災被災地視察で来県され、根本匠復興大臣とともに野田村・普代村・田野畑村・岩泉町を訪れました。
私も同行し、野田村の災害公営住宅をはじめ、仮設住宅、高台移転地、サケふ化場、小本地区を訪問し、復興状況について町村長や担当者から説明を受けました・
また、野田村から普代村までは4月6日に全線運転再開したばかりの三陸鉄道に乗車し、観光産業の振興や地域住民の足としても重要な役割を果たす鉄路の大切さを実感しました。
私はこれまでも復興加速化に全力で取り組んで参りましたが、安倍首相が被災地の産業再生に向けて設置したタスクフォースが確実に成果を上げ、ふるさとの再生が一日も早く実現できるように更に力を尽くして参ります。

2014.4.27

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4月19日 三陸沿岸を鉄路でつなぐ市民の集い

4月19日(土)、「三陸沿岸を鉄路でつなぐ市民の集い」が山田町で開催され私も出席を致しました。
 東日本大震災により、JR山田線の宮古から釜石間は復旧の目途が立っておらず、沿線住民にとって鉄道路線の一日も早い復旧は切実な願いであると共に、震災からの復旧のシンボルでもあります。特に、今月初めに三陸鉄道北リアス・南リアス両線が全線運転再開した今、山田線復旧への住民皆様の思いは募る一方です。それを表すように当日会場には、小さな子供を抱いたお母さんから学生、お年寄りまで老若男女合わせて250名の沿線住民が集まり、山田線復旧への熱い願いが強く感じられる集いとなりました。
 鉄道施設の市町村への移譲や赤字補填問題など現在JR東日本社と県の間で協議されていますが、このほかにも沿線自治体の財政的負担、利用者数のアップなど解決していかなければならない課題が残っています。被災地の鉄路を守り、継続していくための最善策を国、JR東日本、沿線自治体が住民の要望を踏まえながら、十分に協議を尽くしていかなければなりません。
 私も地域選出の国会議員として、沿線住民の一人として、ふるさとの鉄路を守り、未来へ向けて引き継いでいくために全力で取り組んで参ります。

2014.4.19

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4月6日 三陸鉄道全線運行再開記念式典

  4月6日(日)、宮古市において「三陸鉄道全線運行再開記念式典」が開催され、私も出席を致しました。
前日の南リアス線釜石~吉浜間の運行再開に続き、この日、北リアス線田野畑~小本間の運行が再開され、地域住民皆様が待ち望んでいた全線での運行が再開されました。
30年前、三陸沿岸地域の大きな期待を受けて開業した三陸鉄道は、日常生活の貴重な足として、また、観光をはじめとする産業振興、地域間交流の促進に多大な貢献をして来ました。
東日本大震災で甚大な被害を受け、分断された三陸鉄道の復活は地域の方々の切実な願いであり、復興への象徴でもありました。
全線再開した三陸鉄道が三陸沿岸地域の復興、平穏な日常生活の回復に大いに寄与されますことを心から願って止みません。

2014.4.6
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3月30日 自民党岩手県第二選挙区支部大会&自民党岩手県連大会

  3月30日(日)、私が支部長、会長を務める自民党岩手県第二選挙区支部、自民党岩手県連の大会が盛岡市で開催されました。
 岩手県連定期大会には党本部から野田聖子総務会長のご出席を頂いたほか、県内からは友党である小野寺好公明党岩手県本部代表、達増拓也岩手県知事、谷藤裕明市長会長、民部田幾夫岩手県町村会長をはじめ各界各層から多くの皆様のご出席を頂きました。
 自民党は安倍総理が掲げた「経済再生」「震災復興」「外交・安全保障」の重要課題の解決に向け、真摯に取り組み、着実に成果を上げて来ておりますが、県内での我が党への積極的支持は十分に回復しているとは言えない状況であり、党勢拡大の基本である党員増強に向け、党員党友一丸となって取り組みを強化していくことが決議されました。
 今後とも皆様のご指導、ご鞭撻と温かいご理解を賜りますようお願い申し上げます。

2014.3.30

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3月16日 自民党岩手県第二選挙区支部宮古下閉伊ブロック「新春の集い」

 3月16日、宮古市において自民党岩手県第二選挙区支部宮古下閉伊ブロック「新春の集い」を開催致しました。
 宮古下閉伊ブロックは管内市町村が東日本大震災で被災した地域であり、復興に向けて懸命の努力をされております。お集まり頂いた約600名の中にも被災された方々、復興事業にご尽力を頂いている方々が大勢ご参加をされており、切実な要望や貴重なご意見を直接お伺いすることが出来ました。
 被災から3年が経過し、長期に亘る避難生活は被災者の方々に深刻な影響と多くの問題を投げかけています。一日も早い復興と被災者の方々が将来に希望をもち、引き続きふるさとで暮らしていくことが出来る施策と環境づくりに向け、今後とも全力で取り組んで参ります。

2014.3.16

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3月2日 「三陸沿岸道路 尾肝要道路」開通式に出席致しました

  3月2日(日)、田野畑村で「三陸沿岸道路 尾肝要道路」開通式が行われ、私も出席致しました。

 東日本大震災復興沿岸道路として位置付けられる尾肝要道路は田野畑村田野畑地区と沼袋地区を結ぶ延長4.5km(尾肝要トンネル2.736km)の道路で、平成23年11月にトンネル工事が着工してから異例の短期間での開通となりました。

 この区間は国道45号線最高標高地点である閉伊坂峠(標高380m)を抱える45号線最大の難所といわれ、道路整備は地域の方々の長年に亘る悲願となっていました。

私は平成18年の尾肝要道路整備事業化に尽力いたしましたが、尾肝要の産直プラザ敷地内に地域住民皆様にお集まり頂き、ハンドマイク片手に事業化決定の報告をいたしたことが懐かしく思い出され、村民皆様と力を合わせて整備促進に取り組んで来た一人として感慨深い開通式となりました。

本日の開通により、村内はもとより、近隣市町村との地域間交流の促進、地場産業の振興、観光産業支援に尾肝要道路が大きく貢献することが期待されております。また、災害時や救急搬送などの命の道路として地域の方々の安心安全が飛躍的に確立されることになりました。

開通式セレモニーの一つとして地元小学校児童のタイムカプセル封印が行われましたが、子どもたちが未来の故郷に描いた夢を一つでも多く実現することが出来るよう、国政の場で働いていく決意を新たに致しました。

2014.3.2

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12月27日 二級河川閉伊川筋藤原地区河川災害復旧・左岸仮締切工事起工式

 12月27日、宮古市において「二級河川閉伊川筋藤原地区河川災害復旧・左岸仮締切工事及び浚渫工事」の起工式が開催され、私も出席致しました。
 東日本大震災から2年9ヶ月が経過をし、被災地域での復旧作業、復興に向けての新たな地域づくりが必死に進められて参りました。
 本工事は、河口に水門を設置して河川堤防と合わせて津波から市街地を守るために計画実施されたものです。東日本大震災による津波は、堤防を越えて宮古市街地に大きな被害をもたらしました。普代村太田名部に設置された水門が水門内地域の家屋の被害をゼロに防いだ例もあるように、本工事の完成が安心安全な市民生活の実現に寄与されることに大きな期待が寄せられております。
 年が明けると間もなく被災から3年が経過を致します。明治、昭和の大津波の被害から私たちの先人先輩諸氏が見事にふるさとの復興を果たしたことを教訓として、私も安全で豊かな新たなふるさとづくりに故郷の皆様と力を合わせて、全力で取り組んで参ります。

2013.12.27

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